特別賞

新里さん

名護本校(2年生)

 私が今、ありがとうを伝えたい人は、母です。この作文を書く上で、家族に対して、ましてや親に対して感謝の言葉を綴るなんてありきたりだなと思った人や、親への感謝は大前提で当たり前だろうと思った人もいるかもしれません。しかし、それでも私は母に対してありがとうを伝えたいと思いました。 
「最終的にあなたが幸せになれたらそれでいいと思ってるよ。」
この言葉は、私がヒューマンキャンパス高校に転入するきっかけとなった母の言葉です。

 私は高校一年生の冬に全日制の高校で不登校になり、単位を落としてしまいました。なかなか学校に行けていない状況で留年が確定してしまい、毎日罪悪感と将来に対する不安に押しつぶされそうになっていました。そんな中、私の母は、学校に行けない理由を無理に聞き出そうせずに、これまでと変わらず普段通りに接してくれました。通信制高校への転入を相談した際にも、「幸せの形は人それぞれだからね。お金の心配もしなくていいからね。」と言ってくれたのです。私は母が掛けてくれた言葉のおかげで安心してヒューマンキャンパス高校に転入することができ、今では素敵な先生方や友達と一緒に楽しい学校生活を送れています。 

 今思うと、母から貰った優しくて温かい言葉はこれだけではありませんでした。

 中学校の卒業式では、保護者と生徒でお互いに手紙を書いて渡しあうという企画がありました。私は母から手紙を貰い、その手紙の中にはこれからの人生を歩んでいくための考え方や、こんな大人になって欲しいという母の願いが綴られていました。手紙の最後には「あなたが産まれてきてくれたことに感謝します」と書かれており、感謝しないといけないのは自分の方なのにと、卒業式前にもかかわらず泣いてしまったことを覚えています。

  私は家庭の事情もあり、母とは別々の家で暮らしています。それでも母は私のために、美味しいご飯を作ってくれて、毎日私の家まで届けてくれます。生活を支えるために平日、休日関係なく、汗水たらして必死に働いています。仕事が早く終わった日には、よく外食に誘ってくれます。休みの日には、普段は行くことのできない場所へ連れて行ってくれます。 「母と別々で暮らしている」というと世間的には父子家庭であり、心配の目で見られることもよくあります。しかし私にとって住む場所が違っていても母は母であり、母は私をとても大事に思ってくれています。私はそんな母が大好きです。  

 一緒に暮らしていた時は、母がすぐそばにいることが当たり前すぎて、母が家事全般なんでもしてくれることが当たり前すぎて、ありがとうと思うことが少なかったと思います。 日々のストレスを、全く関係のない母にぶつけてしまうこともよくありました。たくさん傷つけて、たくさん悲しませていたと思います。今では、会う機会も話す機会も減り、少し物足りなく感じたり寂しく思ったりすることもあります。だからこそ、日頃のちょっとしたコミュニケーションも大切にし、いつも感謝の気持ちを忘れずに接しています。そしてこれからも、そう接していきたいです。

 私は母のおかげで十七年間健康に過ごすことができ、今こうして、充実した高校生活を送ることができています。今までの辛い経験を乗り越えられたことも母のおかげだと思います。これから先も、たくさんの挫折や困難が待っていると思いますが、それを乗り越えた後に、今が一番幸せだよと母の前で胸を張って言えるようになりたいです。親孝行が何かまだよくわかっていませんが、いつか親孝行できるように頑張っていきたいと思います。

 お母さん、私を産んでくれてありがとう。 いつも私を支えてくれてありがとう。これからもよろしくね。